弁理士法人レガート知財事務所 弁理士
峯 唯夫 先生
意匠法5条2号(混同を生じるおそれがある意匠)が適用された事案
令和5年(行ケ)第10113号 審決取消請求事件
■ 意匠法5条2号
意匠法5条2号は、意匠登録を受けることのできない意匠として、「他人の業務に係る物品、建築物又は画像と混同を生ずるおそれがある意匠」を掲げています。意匠の標識機能の側面からの登録要件であり、審査基準は次のように規定しています。
「他人の周知・著名な商標や、これとまぎらわしい標章を表した意匠は、その物品等がそれらの人又は団体の業務に関して作られ、又は販売されるものと混同されるおそれがあることから、審査官は、このような意匠については、意匠法第5条第2号が規定する他人の業務に係る物品等と混同を生じるおそれがある意匠と判断する。」
(意匠審査基準第Ⅲ部 第6章 意匠登録を受けることができない意匠
3.3 他人の業務に係る物品、建築物又は画像と混同を生ずるおそれがある意匠)
規定はあるものの、希有な適用例であり、「平面商標」と「立体商標」との類否判断にも参考になるものと考え紹介する次第です。
■ 事案の概要
本件は、意匠登録第1606558号(意匠に係る物品:かばん。以下「本件登録意匠」)に対する無効請求事件(無効2023-880003・無効審決)の審決取消訴訟であり、審判請求人(訴訟被告)はエルメス。無効請求の理由は、本件登録意匠は請求人の業務に係る物品と混同する(5条2号該当)というものであり、その根拠として商標登録第5864813号商標(判決では「H商標2」)を提示しました。
無効とした審決を不服とした意匠権者が提訴し、裁判所も審決を支持した事案です。
■ 審決の判断(H商標2との関係における意匠法5条2号該当性)について
審決の要旨を判決から引用します。なお、H商標2は立体商標ではありません。
ア 本件南京錠については、H商標2との相違点(①中央の横溝の本数、②H商標2の中央ほか4か所の面取り模様、③左・中央・右各部分の幅の比率)はいずれも大きな相違ではなく、H商標2の態様の特徴を備えているといえる。
イ H商標2は、被告の出所を表示する標章として著名であり、この点は原告も認めている。
ウ 被告は、「カデナ」と呼ばれる留め具をハンドバッグ等に付して販売しており、H商標2はこのカデナに表示されている標章である。
エ 本件意匠に係る物品は「かばん」であり、被告の業務に係る物品分野との関連性が非常に高い。
オ したがって、本件南京錠を有する本件登録意匠は、被告の業務に係る物品と混同を生ずるおそれがある。
■ 訴訟における争点・判断
原告は、審決の取消事由として、「H商標2の態様の特徴を備えている」という認定については争わず、「本件登録意匠の意匠に係る物品は「かばん」であるから、意匠の要旨はかばんの全体的な外観であり、付属品にすぎない本件南京錠はかばんの意匠に影響を与えるものではない。」などと主張するのみでした。
そこで裁判所は、審決における「H商標2の態様の特徴を備えている」という認定については判断することなく(争点でないから判断できない)、「本件登録意匠は、別紙意匠公報のとおり、本件南京錠を付したものとして登録されているのであるから、他人の業務に係る物品と混同を生ずるおそれ(意匠法5条2号)があるか否かについて、登録された意匠の形状等のうち、特に他人の周知・著名な商標に類似する部分が問題となることは当然であり、この点は、意匠同士の類否(同法3条1項3号)等の判断に当たって考慮される意匠の「要部」であるか否かとは別問題であるから、原告の主張は失当である。」と説示し、請求を棄却しました。
■ 私見
審決はH商標2の態様について、図形商標が、見る者にどのように認識されるのかという観点から、「図形全体の上下方向ほぼ中央に、余白を横切るように3本の横溝様筋が等間隔に並んで配されており、各筋の下端には、略半レンズ状の灰色の面取り様部が表されている。」と認定しています。立体的に表現された図形商標の認定として参考になると思います。
判決が説示するように、5条2項は、意匠の要部であるか否かを問わず、その意匠と他人の商品等表示との関係を問題にするものです。この点から、審決がかばんの立体商標(商標登録第5438059号)との関係では、「本件登録意匠の形態は、バーキン商標に比べて要素が多く複雑であって、バーキン商標の特徴をそのまま備えているということはできず、バーキン商標とは大きく異なるというべきであるから(前記(3)ウ)、本件登録意匠が請求人の業務に係る物品と混同を生ずるおそれがあるとはいえない。」として5条2項の適用を否認したことは留意すべきだと思います。