商標・知財コラム:峯 唯夫 先生COLUMN

弁理士法人レガート知財事務所 弁理士
峯 唯夫 先生

「朔北カレー」VS「サクホク」
****「朔北」から観念は生じるのか***

令和5年3月9日判決言渡
 令和4年(行ケ)第10122号 審決取消請求事件

■ 事案の概要

本件は、本願商標「朔北カレー」(指定商品:レトルトパウチされた調理済みカレーなど)が引用商標「サクホク」に類似すると判断した審決に対する、審決取消訴訟です。
審決は、本願商標の構成中「「朔北」の文字は「北。北方。」等の意味を有する語(「広辞苑第七版」株式会社岩波書店)であるものの、我が国において一般に親しまれた語とはいい難いものであって、直ちに特定の意味合いを想起させることのない一種の造語として認識されるものである。」と認定した上で、分離観察を行い、「本願要部と引用商標は、両者の外観が相違し、観念において比較できないとしても、上記取引の実情を考慮すると、これが、取引上必要な役割を果たす称呼についての共通性を凌駕するほどには顕著なものとは認められない」として、類似すると結論づけました。
判決は、「我が国においては、「朔北」はおおむね「北の方角」又は「北方の地」を表す単語として理解されるものと認めるのが相当である。」と認定した上で分離観察を行い、「本願要部と引用商標は、称呼が共通するものの、外観及び観念は明確に異なっているところ、・・・称呼による識別性が、外観及び観念による識別性を上回るとはいえないから、本願商標及び引用商標が同一又は類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるとはいえない。」として、非類似と結論づけました。
判断の分かれ目は「朔北」から観念が想起されるかどうかです。

■ 商標における「観念」

商標の「観念」(意味合い)は、辞書で判断されるものなのでしょうか。
商標は商品・サービスの識別標識です。商標に接した需要者は、その商品を取引するに際して、あるいはその商標を記憶するに際して、普通、商標の意味合いを辞書で調べることはしないでしょう。
商標の類否を考える際に参照されるべき「観念」とは、需要者が直感で感じ取るものをいうのではないでしょうか。この判決に接したときに感じた疑問はこのことです。

■ 裁判所の手法

裁判所は、次のように述べて観念を認定しています。

・辞書の記載
「広辞苑第七版(甲6、乙2)には、「朔北」について、「(「朔」は北の方角)①北。北方。②北方の地。特に、中国の北方にある辺土。」と記載されており、また、「朔」を「北の方角」として用いる熟語として、「朔風」(北風を意味する。)、「朔方」(北、北方、朔北を意味する。)といったものが掲載されている。「朔北」についての同様の説明が、新潮現代国語辞典第二版(甲7)、現代国語例解辞典第四版(小学館。甲27)、新選国語辞典第十版ワイド版(小学館。甲28)、旺文社国語辞典第十一版(甲29)、実用国語辞典第2版(成美堂出版。甲30)、学研現代新国語辞典改訂第6版(甲31)、新明解国語辞典第八版青版(三省堂。甲32)、岩波国語辞典第8版(甲33)にも掲載されている。」

・ゲームでの使用
「著名なゲームシリーズであるファイナルファンタジーシリーズのFF11(ファイナルファンタジーXI)のイベントクエストの名称として「朔北の爪牙」(さくほくのそうが)(甲12、13)、小説の題名として「ヌルハチ 朔北の将星」(ぬるはち さくほくのしょうせい)(甲14)といった使用例がある。」

・人名など
「「朔」は、常用漢字ではないものの、萩原朔太郎といった著名人の名や、果物の八朔などの名称にも用いられる漢字である(甲24~26)。「北」は方角をあらわす漢字である(甲6)。」

「以上を総合すると、我が国においては、「朔北」はおおむね「北の方角」又は「北方の地」を表す単語として理解されるものと認めるのが相当である。」

■ 裁判所が考える需要者は?

本願商標の指定商品はレトルトカレーなどであるから、その需要者は青年男女一般です。そうであれば、商標の観念は平均的な日本人の認識に基づくべきでしょう。「広辞苑」の収録語数は25万、「新明解国語辞典」でも79,000です。ゲームの名称や小説の題号として使用されることと、その意味合いが理解されていることは別のこと。まして、「萩原朔太郎」の「朔」の字の意味を考えた人がどれほどいることか。
メーカー(札幌市)は「朔北」で「北の地の商品」であることを表現しようとしたのでしょう。「朔北」は理解されずとも「北」は伝わると考えたのではないでしょうか。
裁判所が想定する需要者はスーパーマン。平均的な日本人が「朔北」の意味合いを理解するほどに言葉を熟知していたら、日本語文化はどんなに豊になっていたでしょうか。

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