商標・知財コラム:特許業務法人レガート知財事務所 所長・弁理士 峯 唯夫 先生

「商標マルチ機能論」に対する疑問

■ 講演骨子
9月に開催された日本商標協会年次大会で、土肥一史先生が「商標的使用論 VS 商標マルチ機能論」というタイトルで講演をされた。
講演の骨子は、商標的使用を出所表示機能にのみ限定する解釈では商標の保護として狭きに失し、「ブランド」を適切に保護することができない。そこで、商標の保護を出所表示機能に限定せず、ある事業者の商品を他の事業者の商品から識別するすべての使用行為に対し、その行為が商標の保護される諸機能を毀損する場合は、商標権の効力を及ぼすべきである、ということと理解した。
ここで、商標の諸機能として、「コミュニケーション機能」を商標の一般的包括的な機能と位置づけた上で、「品質保証機能」「宣伝広告機能」「投資機能」があげられ、侵害になり得る行為として、「BMW車の整備及び修理をする旨の表示」があげられている。なお、26条の権利制限規定の適用を否定するものではない。

■ 商品を離れて商標は存在するのか
商標法は、商標を、標章であって「商品(筆者註:役務も含まれるが、以下含めて「商品」という。)について使用するもの」(2条1項1号)と定義し、商標と商品を特定して出願し(5条1項)、それに基づいて商標権の効力が規定されている(25条、37条)。
そうすると、第1条における「商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り」とは、商標を「商品」について使用する者の、「商品との関係」による業務上の信用を意味していると考えられます。
商標の基本的な機能として「コミュニケーション機能」があることはその通りです。しかし、商標法で評価すべきコミュニケーション機能とは、「このマークの商品を買ってください」「あのマークの商品を買いたい」という、出所表示限りのものであろう。
講演の中で、商標法条約で対象が「MARK」とされていることに言及されていたが、この条約でも、対象は以下の通りであって、「商品」から離れたMARK(標章)は対象とされていません。

第2条 (2)[標章の種類]
(a) この条約は,商品に関する標章
(商標),サービスに関する標章(サービス・マーク)並びに商品及びサービスの双方に関する標章について適用する。

■ 「商標」と「ブランド」
「商標」=「ブランド」ではない。
この点は、前回お話ししたところです。「ブランド」は商品の提供者と需要者との信頼関係です。その「信頼」の目印が「商標?」(峯の理解では「標章」ではあるが「商標」ではない。)となるのですが、ずれがあります。
先に示したように、商標法で予定する「商標」は本来的に「特定の商品(指定商品)」と結びついたものであり、「ブランド」は必ずしも「特定の商品」とは結びついていません。
「商品」の標識である「商標」と、「ブランド」の標識である「標章」が一致したとしても、その意味合い(商標や標章が担う価値)は違うはずです。
「ブランド」というものは、「個別の商品」との関係だけで生まれるものではない。商品の価値はブランド構成要素の一つに過ぎません。

■ 商標法の守備範囲
土肥先生と峯との根源的な違いはここだと思います。
土肥先生は、「商標権」というものがあるのだからこれを「ブランド保護」まで拡張したい、商標法で保護したいという気持ちからの提言であり、峯は、問題が起きたら「不正競争防止法」で処理すればいいのではないか、という立場。

■ なぜ「商標権」なのか
法律の解釈をどこまでいじくれるのか、ということだと思います。
土肥先生は、「商標登録」「商標権」という制度があるのだから、それが「商品の識別標識」を保護するものであるとしても、保護の目的が「業務上の信用を保護」するものである以上、「商品」から離れた「ブランド」の保護に適するように解釈すべきあるという立場であり、峯の立場は、商標権は商品との関係での秩序を作るものであって、「ブランド」保護とは異なる立ち位置にある(商標法に「ブランド」という考えはない。)、というものです。
「ある法律を、’自己の価値観の実現’のために利用する」ことは法解釈の手法として峯も否定しません。しかしながら、無理があるのではないかと思う次第。
商標権でブランドを保護しよう、という議論で出てくるのはいつも有名な商標です。先の例でも「BMW」。
有名な商標の剽窃を排除しよう、ということに異議はありません。
問題は、有名な「ブランド」を「商標権」が保護できない、ということを理由に商標権の保護範囲を拡大することです。「ブランド」は商品ではなく、商標権の保護法益には含まれていないと考えています。
商標権は、あくまでも「商品」の識別標識という立場を離れられないと思います。

■ ブランドの価値とは
商標法では「商標」を、同種商品同士での識別という枠の中で考え、その中での保護を提供しています。
「ブランド」は「商品」から離れた存在です。商品は「ブランド」の構成要素ではあるけれど、企業理念、店づくり、接客、クレーム対応など幾多のブランド構成要素の一つに過ぎません。多くの要素で形成された特定のイメージ、それによる「需要者との信頼関係」がブランドの価値であり、商標法がいう「商標を使用する者の業務上の信用」とは異質なものだと思います。

■ むすび
商標法でいう商標(商品に使用する標章)は商品の識別標識であり、同じ標章であっても「商品」それ自体ではなく「ブランド」の表示と認識されるものは「商標」ではない、というのが商標法の素直な解釈だと思います。
そして、不正競争防止法では「商品又は営業を表示するもの」を保護するとされており、ここには「ブランドを表示するもの」も含まれるはずです(「ブランドの保護」を正面から争った事案はないと思われます。)。
ブランドを表示する標章を保護する枠組みは用意されているのですから、ことさら商標を、その法目的を拡張解釈してまで、「ブランド保護」のよりどころにする必要性はないと思う次第です。

 

特許業務法人レガート知財事務所 所長・弁理士
峯 唯夫

メルマガ登録
峯 唯夫 先生

峯 唯夫 先生
バックナンバー

ページTOPへ