首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士 工藤 莞司 先生
権利の濫用事件の歴史と判例
=宇奈月温泉木簡事件から天の川事件へ=
宇奈月温泉木簡事件
宇奈月温泉には「権利の濫用」事件の碑があるようで、見てこようと思っています。木管事件は、大学1年の時法学の最初の講義で紹介されたもので特に印象深く今でも記憶していますとの友人Tさんからメールを貰い、写真も届いた。宇奈月湖畔に建つという。

宇奈月温泉の重要な給湯用木簡を通している広大な土地のうち、僅か2坪を巡り、買い受けた者が高額で買取りを求めた裁判事件で、大審院が権利の濫用との判断を判示した(昭和9年(オ)第2644号妨害排除請求事件 大審院昭和10年10月5日民集14巻1965頁)。この事件は古い事件だが民法上の重要な判例となり、私も確かジュリストの判例集が記憶にある。その前に、信玄公旗立松事件(大審院大正8年3月3日民録25輯356頁)もあった。これらの判例を受けて、昭和22年民法1条3項に権利の濫用はこれを許さないとの規定が追加された。
天の川事件
思い出したのが商標法事件「天の川事件」である。「被控訴人が多大の広告、宣伝費を投じて広く認識されるに至った商標「天の川」の名声を、自己の利益に用いんとし、たまたま第三者が所有し、全然使用されていなかつた登録商標「銀河」を譲り受け、これによって被控訴人の前記商標「天の川」の使用を禁圧しようとしたものと推断するのほかはなく、かかかる行為は権利の濫用として許されない。」(昭和30年6月28日 東京高裁昭和28年(ネ)第2096号 高裁民集8巻5号371頁・古関敏正編不正競業法判例集163頁)とされたものである。民法1条3項適用で、宇奈月温泉木簡事件とは、権利行使のため不使用の登録商標を譲り受け、権利行使をした点、自ら使用の意思もない点でも同旨である。
最近も、使用意思もない商標について登録を受けての権利行使は権利の濫用とされた裁判例がある(「グレイプガーデン事件」平成24年2月28日 東京地裁平成22年(ワ)第11604号)。権利行使の制限規定(商標法39条・特許法104条の3)に該当する商標権者の行為も、権利の濫用とも呼ばれたことがあったが、こちらは登録無効理由の存否に係り、事案が異なる。
「権利ノ濫用除お守り」
最近テレビで、近くの宇奈月神社で、「宇奈月温泉木管事件」をモチーフとした「権利ノ濫用除お守り」を企画していると知った。このお守りは、パワハラ、セクハラなどのハラスメントはもちろん、嫌がらせやいじめなど、立場などを利用して、害を与える人や与えてくれることを除けてくれるお守りという。さて、効果はどうだろうか。
Tさんは、理工系大学出身で商標情報サイトを運営している方であり、その記憶力や知識の深さは流石がである。