商標・知財コラム:首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士 工藤 莞司 先生

地理的表示の保護と「壱岐」焼酎について
=地理的表示の保護の歴史と現状=

 先日、『1995年、壱岐焼酎はWTOの「地理的表示」の産地指定を受けました。』との広告に接した(2019.12.23読売)。これは、商標法4条1項17号の規定にある特許庁長官が指定するぶどう酒や蒸留酒の産地指定とのこと(下掲参照)と理解するには少し時間を要した。焼酎について「壱岐」は地理的表示であることは明らかであるが、地理的表示の保護の歴史や経緯について触れる。

   産 地 酒 類※産地を表示する標章
 長崎県壱岐郡 しょうちゅう 壱 岐
 熊本県球磨郡 しょうちゅう 球 磨
人吉市
 沖 縄 県しょうちゅう 琉 球
平成 7年10月 3日指定特許庁長官 清川 佑二

 パリ条約上の保護 地理的表示保護の原点は、1883年成立の工業所有権の保護に関するパリ条約にある。原産地名称、原産地表示についても保護の対象とし、原産地名称は、「生産物の品質や特性が自然因子を含めての地理的環境にもっぱらまたは本質的に由来するような生産物・・・を指し示すために用いられる地理的名称」で、原産地表示の一例とされる(「注解パリ条約」AIPPI日本部会発行17頁)。そして、パリ条約10条は、原産地の虚偽表示については、同盟国に差押えによる取り締まりを認めている。
また、パリ条約上の原産地名称等の保護が十分でないとして、同条約19条の特別の取極に当たる虚偽又は誤認を生じさせる原産地の防止に関するマドリッド協定(1891年成立)と、原産地名称の保護及び国際登録に関するリスボン協定(1957年成立)があるが、何れも欧州諸国中心のもので、加盟国は多くはない。わが国は、前者には平和条約締結の際に加入したが、アメリカは何れにも加入していない。

 TRIPS協定上の保護と定義 その後も保護に関して国際的に議論されたが、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定、1994年成立)の地理的表示の保護(22条)、ぶどう酒及び蒸留酒の地理的表示の追加的保護(23条)として成立した。「地理的表示」とは、「ある商品に関し、その確立した品質、社会的評価その他の特性が当該商品の地理的原産地に主として帰せられる場合において、当該商品が加盟国の領域・・・を原産地とするものであることを特定する表示」と定義された。そして、WTO加盟国は、ぶどう酒又は蒸留酒を特定する地理的表示が表示されている場所を原産地としないぶどう酒又は蒸留酒に使用されることを防止する義務を負い(22条)、商標登録においては、原産地を異にするぶどう酒又は蒸留酒の商標については、職権により又は利害関係人の申立てにより、拒絶又は無効とするとされた(23条)。

 商標法4条1項17号の指定 平成6年の商標法の改正で、TRIPS協定23条を受けたのが前掲商標法4条1項17号である。この際、わが国のぶどう酒又は蒸留酒の地理的表示についても、特許庁長官の指定により保護することとして、同号を適用することとした。WTO加盟国自国で保護されていない地理的表示の保護の義務はないため、前掲指定による保護により、他のWTO加盟国でも、わが国地理的表示が保護されることになる。指定は、特許庁長官への申請による(商標法施行規則1条)。
 焼酎「壱岐」については、申請により特許庁長官により最初に指定された地理的表示の一つで、これで他のWTO加盟国での保護も可能となったもので、前掲広告は、このことを宣伝している。焼酎については、「壱岐」の外、「球磨」、「琉球」、「薩摩」、ぶどう酒については、「山梨」、「北海道」が指定されている。

首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士
工藤 莞司

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