商標・知財コラム:首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士 工藤 莞司 先生

続・結合登録商標の一部と商標権の効力
=「マタニティベルト事件」の例=

 前回結合登録商標の見方として、「尿素ヒアルロン酸化粧水事件」(平成16年5月31日 東京地裁平成15年(ワ)第28645号)を例として、登録商標の一部でも、出所表示機能を有しない、指定商品の普通名称部分は、類似判断の対象とはならず、そのような他人の使用に対しては、商標権の効力は及ばないと説明した。
 最近、同じような商標権侵害事件が提起され、同じ理由で、侵害は否定された(平成30年7月19日 大阪地裁平成29年(ワ)第9989号)。

 「マタニティベルト事件」の概要 「第10類 妊婦用腹帯、妊婦用の医療用ベルト、第25類 妊婦用ベルト、妊婦用の腰保護ベルト」を指定商品とする登録商標(下図左)を有する原告が、「マタニティベルト」の文字を含む商標(下図右)を「妊産婦用腹帯」商品パッケージに付して販売する被告に対し、商標権侵害として、その販売等の差止め及び廃棄等を求めた事案である。



 裁判所の判断 特許庁発行の「商品・サービス国際分類表[第8版]」(平成13年発行)において、「Maternity belts」の日本語訳が「腹帯」とされており、「マタニティベルト」の語は、原告登録商標の指定商品の普通名称(第10類:妊婦用腹帯、第25類:妊婦用ベルト)を英訳した「maternity belt」を片仮名表記したものと認められる。また「マタニティベルト」の語が、特段の説明なく「妊婦用腹帯」や「妊婦用ベルト」一般を指す語として使用されていたと認められる。以上に照らせば、「マタニティベルト」の語は、「妊婦用腹帯」や「妊婦用ベルト」を指す普通名称や商品の内容を説明的に記述したものとして認識されていたと認められる。そして、「マタニティベルト」の語が、原告商品の販売に伴って出所表示機能を獲得するに至ったとは認められない。

 「マタニティベルト」は出所表示機能なし したがって、「マタニティベルト」の語は、被告商標使用時点において、「妊婦用腹帯」や「妊婦用ベルト」を指す普通名称ないし商品の内容を説明的に記述したものと認識されていたと認められる。そうすると、原告登録商標については、「マタニティベルト」の部分に出所表示機能は存しないと認められる。
 以上のとおり、原告登録商標の構成中、「マタニティベルト」の部分については、出所表示機能を有せず、原告登録商標の要部ということはできない

 要部観察し非類似の判断 裁判所は、原告登録商標中「マタニティベルト」は、その指定商品「妊婦用腹帯」等の普通名称又は内容表示と認定する一方、原告登録商標の図形部分が出所表示機能を有する要部と認定し、出所表示機能を有しない「マタニティベルト」部分を共通するだけで、原告商標と被告商標が類似するとは言えないと、要部観察をして商標非類似の判断をして、原告の請求を斥けた。

 まとめ 原告登録商標中「マタニティベルト」は、指定商品に対応している。それは、審査段階で、拒絶理由を受けて、自ら補正したと認定されている。そして、原告登録商標の図形部分が要部と認定されている。したがって、「マタニティベルト」部分をもっての権利行使は、通常はない。例外として、使用した結果、当該部分に出所表示機能を獲得したときはあり得るが、例外中の例外だろう。商標法も、3条1項1号の指定商品の普通名称に係る商標については。3条2項より除外している。
 結合登録商標については、指定商品・役務との関係から、その一部に出所表示機能を有する部分とそうでない部分があるときは、そのことを見極めて商標権の範囲を解釈することになる。類似判断においては、要部観察が確立している(「リラ宝塚事件」昭和38年12月5日 最高裁昭和37年(オ)第953号 民集17巻12号1621頁、「セイコーアイ事件」平成5年9月10日 最高裁平成3年(行ツ)第103号 民集47巻7号5009頁)。本件は、不正競争防止法による請求も棄却されている。

首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士
工藤 莞司

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