弁護士法人窪田法律事務所 弁理士 加藤 ちあき 先生
海を渡る日本語
突然ですが… 「鯛牙」 この言葉を何と読むかご存じですか?また、これが何なのかお分かりになる方はいらっしゃるでしょうか? 正解は、魚の鯛(タイ)の牙(キバ)のことで、「タイキ」と読みます。
世界で最も権威ある「オックスフォード英語辞典(Oxford English Dictionary)」には、ローマ字で表記した日本語が数多く掲載されています。毎年新たに加えられた単語は世界的ニュースになるのですが、2024年には「金継ぎ(kintsugi)」という単語が加えられました。「金継ぎ」とは金繕いとも呼ばれ、陶磁器などが破損した場合にその部分に漆を用いて修繕する技法です。蒔絵の技術を応用して古くから日本で行われてきました。かの天才芸術家、本阿弥光悦(1558-1637)は、金継ぎの父と呼ばれています。窯の中で偶然割れた赤楽茶碗をわざと漆で直し、金を蒔き、「雪解けの渓流」に見立てました。そして、白い釉薬を積もる雪になぞらえ、「雪峰(せっぽう)」と名付けました。雪峰は重要文化財として港区の畠山美術館で拝観することができます。金継ぎは、エコロジーやSDGsの高まりとともに今や日本よりも海外で注目されています。
さて、その金継ぎをするのになくてはならない道具が、鯛牙棒(たいきぼう)です。蒔絵や金継ぎの際、金を磨いて艶を出すために使います。お習字の筆のような形をしており筆先のところに鯛のキバが刺さっています。古来より現代まで使われてきた鯛牙棒は、天然モノの鯛から歯を取り出し使いやすそうな歯を選び、切削して竹の棒に刺して作ります。ホンモノの魚の歯ですので一つとして同じものはありませんし、鯛牙棒を店頭で購入すると一つ3千円から4千円くらいします。したがって、鯛牙棒を何本も用意することは、初心者や海外の人にとってなかなか高いハードルです(鯛なんて近くのスーパーでも売っているのだから手作りしたら?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、私たちが近所で手に入れている鯛はほとんどが養殖もので歯が小さいのです。その点、天然ものは自力で餌を獲るため歯が発達しているそうですが、素人が作れるほど簡単な代物ではないと聞きました。)。
そこで、若い漆芸家とガラス作家が協力して何度も何度も試作を繰り返し、本物の鯛の牙と遜色ないガラスの鯛牙棒を開発しました。お値段もお手頃で、まるでガラス細工のマドラーのようにキラキラと可愛らしく輝く素敵な鯛牙棒が誕生しました。その漆芸家さんからガラス製鯛牙棒に付する商標の相談を受けたのですが、迷ったのが指定商品の表示です。人間の手で金を磨くための道具ですので、第8類の手動工具であろうことは想像がついたのですが、J-PlatPatには「鯛牙棒」の表示はなく、賭けに出るしかありませんでした。幸い特許庁は第8類で「鯛牙棒」と「ガラス製鯛牙棒」という表示を認めてくれました。
ただ、残念なことに「蒔絵」や「金継ぎ」に関する商品は、まだ特許庁の「商品・役務名リスト」には掲載されていません。ちなみに、「蒔絵(maki-e)」がオックスフォード英語事典に掲載されたのは1616年のことだそうです。本阿弥光悦の生きた時代と重なりますね。Bento(弁当)とmochi(餅)とともに、日本語としては四番目に掲載されたようです。Bento boxもmochiも既にTM5のIDリストには掲載されていますので、「鯛牙棒(taiki-bo)」が、今後どこかの国際IDリストに掲載される日も近いかもしれません。日本人としては、ぜひ日本提案として、ニース国際分類のリストに掲載されてほしいなと願っているところです。
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