商標・知財コラム:一橋大学名誉教授 弁護士 土肥 一史 先生

音の商標「HI・SA・MI・TSU」

 わが国の商標法には他国の制度にはない特徴がある。たとえば、わが国で商標登録が認められるためには、文字、図形、記号、立体的形状、色彩とこれらの結合した標章でなければならない。これら以外に音も認められているが、音の標章の場合、結合形式は許されない(商標法2条1項本文)。これに対し、欧州各国の商標制度ではもちろん、TRIPS15条では、標章のタイプに限定がなく、日本と異なり、例示されるにとまる。TRIPSでは音が例示されていないが、限定列挙ではないので、商品・役務を識別できる標識でありさえすれば、商標登録が可能なので問題はない。また、欧州の商標制度やTRIPSでは、「単語(人名を含む)」が標識のタイプの1つとして例示されているが、日本の商標法ではどうしたことか限定列挙には含まれていない。

 音商標には音楽的要素のみからなる音商標と、音楽的要素のみからではない音商標があるらしい。前者には、大幸薬品のラッパ音や、インテル及びBMWのものがあげられている。これらに対し、日本の音商標としてよく知られている「HI・SA・MI・TSU」は、後者に属するようだ(平成29年9月26日.特許庁HP)。

 ところで、日本の商標法は、音標章については結合形式を認めないので、「HI・SA・MI・TSU」は文字でないことは明らかである。久光製薬の創業者は久光仁平氏ということだから、この「HI・SA・MI・TSU」は「単語(人名を含む)」ともいえそうだが、限定列挙を採用する日本商標法ではこの「単語(人名を含む)」を認めないから、これも考えられない。結合形式は認められないし、単語(人名を含む)でもないとすると、この「HI・SA・MI・TSU」はなんだろうか。

 その答えは、当然ながら音というものでしかない。ただ聴かれると分かるが、ごくありふれた女性の声での「HI・SA・MI・TSU」である。商標法3条1項各号からすると、ごくありふれた音の標章は、商標登録が認められないはずである。たとえば、ドラえもんの声で有名な大山のぶ代さんの音声で「HI・SA・MI・TSU」というのであれば、これはまだ理解できるが、そういうものではない。

 いずれにしても、音商標「HI・SA・MI・TSU」は結合商標でないことは商標法上明白なので、結合商標に認められる類似判断である、「つつみのおひなっこや」事件の最高裁判決は適用がないものの、音商標の類似判断においては、裁判所がどう判断するかは分からない。BMWのあの走行音+αは音楽的要素のみからなるということらしい。他方、「HI・SA・MI・TSU」は音楽的要素のみからでない商標というのだから、音楽的要素の他に、どういう要素から構成され、それが類似判断にどう影響するのかを特許庁には尋ねてみたい。

一橋大学名誉教授 弁護士
土肥 一史

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