商標・知財コラム:一橋大学名誉教授 弁護士 土肥 一史 先生

商標的使用と商標としての使用

 登録商標の権利の効力について,商標法25条は,「商標権者は,指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する」と規定している。ここでいう登録商標の使用とは,法2条3項に列挙される10の使用態様をいうことはもちろんであるが,条文には現れていない隠れた要件として、商品役務の出所表示機能との関係で理解する商標的使用(warenzeichenmässige Benutzung)なる要件が求められる,と伝統的に理解されてきた。

 念のためここでいう商標的使用について述べると,この概念は1936年ドイツ商標法16条において初めて条文上現れた。すなわち,同法15条において登録商標の権利の効力について,わが国の商標法25条とほぼ同じ規定が置かれ,次条の16条にわが国の26条1項2号と同趣旨でこの権利の効力の制限が設けられ,この制限規定の中にその使用が商標的使用でない限り(sofern der Gebrauch nicht warenzeichenmässig erfolgt)と限定されていたことに始まる。もっとも当時のライヒ政府理由書では,この限定の挿入は明確を図るためであり,客観的な変更を意図するものではないと明言されており,商標的使用の概念はそれ以前から存在していたものと推認される。

 わが国の商標法の古典的名著として有名な,三宅發士郎先生の「日本商標法」でも「商標ノ使用」に関する諸々の態様について詳述されている。そこでは,「商標は商品の表彰を其の本質と為すが故に,商標の使用は,其の商品の標識として普通に使用せらるる箇所に其の商標を使用することを要し,又之を以て足る」とされており,商標の使用を使用の箇所,位置,態様等から判断するものであっても,出所表示機能と関連づけて理解されているのではなさそうである。

 1988年に欧州商標指令が成立し,ドイツ(当時は西ドイツ)を始めとする欧州諸国はこの指令を国内法化する手続きを進め,1994年ドイツ商標法が制定されている。欧州商標法下でも当然に登録商標の権利の効力は商標の使用に及ぶので,そこでの使用の意味は欧州法が及ぶ全域で問題になる。その嚆矢ともなったのが1999年2月23日の欧州裁判所のBMW/Deenik事件判決である。この事件では,自動車整備工場を経営するオランダ人DeenikがBMW社の許諾なく,BMW専門整備工場としてBMW商標を広告表示に使用したことは商標の無許諾の使用に当たるかということが争われた。

 判決は,「商標権者の許諾なしに、事業者がこの商標を付した商品の修理及びメンテナンスを行っていることあるいは当該事業者がこの商品役務の専門家であるということを公衆に表示する目的で行う商標の使用は、状況によっては、指令5条1項aに定める商標としての使用に該当する」としている。ここでは,「商標としての使用」(Benutzung als Marke)という概念が使用されているが,出所表示機能との関係で使用されているのではない。商標の商品・役務を識別しているかどうかという観点(TRIPS15条1項参照)から使用されている。この商標として使用されているのか否かという概念を商標マルチ機能論は基礎とするのであるが,それについては別の機会に稿を改めて論じたい。

一橋大学名誉教授 弁護士
土肥 一史

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