商標・知財コラム:一橋大学名誉教授 弁護士 土肥 一史 先生

近頃悩ましきこと

 概説書を上梓している者にとって、筆者の能力の乏しさにも起因するのであろうが、関係法の改正が行われた年の秋は紅葉を楽しむゆとりもない煩わしさに追われる時節でもある。一般に概説書は4月の新学期開講までに発行されていることが求められるから、再校や念校を考えると半年の時間的な余裕が必要となり、前年の秋はその準備に追われる。年末年始は、印刷関係が2週間程度止まってしまうことも編集者からの圧力を増大させる。

 今年の第196通常国会では、著作権法の一部を改正する法律案(内閣提出第28号)と、特許法、意匠法及び商標法の改正を含む不正競争防止法等の一部を改正する法律案(内閣提出第30号)が成立した。これらの改正は近年稀な大きな改正といえよう。前者では柔軟な権利制限規定の導入、教育の情報化の促進そして著作物等のアーカイブ利活用の促進が盛り込まれた法律案であり、後者では第4次産業革命を迎えて限定提供データ(ビッグデータ)の不正取得等行為を不正競争と新たに法定化する法律案であるから、概説書には当然盛り込まないわけにはいかない。

 ところで、2年前のことなので記憶も薄れたところもあろうが、TPP12協定(環太平洋パ-トナーシップ協定)締結に伴う整備法案も著作権法、特許法及び商標法等の一連の改正を含む大きな改正であった。この整備法案自体は平成28年第192国会において既に成立しているものの、発効はTPP12協定がわが国に効力を生じる日とされていた。

 その後米国の協定離脱を受け、11カ国によるTPP11協定(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)及びこれに伴う関連法案が、第196通常国会で承認成立するところとなったのも今年のことである。

 TPP11 協定では、70年の著作権存続期間を始め著作権関係11項目は全て運用を停止するとしている(TPP11協定2条付属書7)ので、概説書には盛り込まなくていいと高を括っていたところもあった。もっとも同時期に進んでいた日本・EU経済連携協定では、著作権の存続期間を70年に延長する(協定14・13条)ことが盛り込まれていたため、政府はこの間の調整はどうするのか気にはなっていた。

 ところが、TPP11協定関連法ではTPP12協定関連法で未施行となっている著作権法改正部分の施行期日をTPP11協定発効日に改めていた(TPP11整備法附則1条)。この結果、加盟6カ国が国内法上の手続きを完了した旨通報した日から60日経過後発効することになっている。10月17日現在、日本、シンガポールそして豪州が国内手続きを完了しており、残り3カ国の国内手続きもさほど遠くない観測も出ている。発効は6カ国目の国内手続きの完了通告から60日後であるから、来年4月段階では運用停止11項目も発効していることが考えられる。

 著作権の存続期間を死後50年とするか、70年とするか迷うこの頃である。

一橋大学名誉教授 弁護士
土肥 一史

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