商標・知財コラム:一橋大学名誉教授 弁護士 土肥 一史 先生

サイバー・フィジカル・システム?

 前回のコラムでCPSに触れたので、これに関連して書く。

 近時、第4次産業革命というワードを耳にすることが少なくない。第1次産業革命では、蒸気機関による機械化が進められ、第2次産業革命では、電力による大量生産が可能となり、第3次産業革命では、コンピュータにより生産の自動化が進められた。第4次産業革命の下では、IoT、AIそしてビッグデータをキーワードとしたサイバー・フィジカル・システム(CPS)によるこれまでにない新しい生産システムが可能になる,ということらしい。このCPSでは、現実世界のあらゆるモノやビッグデータを始め様々な情報がインターネットを通じてサイバー空間に置かれ、これをAIがディープラーニングによる幾何学的あるいは代数的な解析を通じて知識化し、そこで創出された成果を現実世界に送り出すが、その送り出された成果を含めさらに再度サイバー空間に取り込むという、現実世界とサーバー空間での無限のループを実現して全く新しい生産システムを可能にするとのことだ。この5月に成立した改正著作権法の柔軟な権利制限規定導入の目的の1つはこのCPSの稼働を著作権法が承認するということでもあった。

 内閣提出法案の場合、通常、審議会において法案の検討が行われる。この審議会の検討に先立ち,関係の専門家から審議会委員はヒアリングを受け、なにが問題の立法事実であり、既存の法律のどこが見直しを求められているのか理解に努めるのが常である。筆者の著作権関係の審議会での経験では、この専門家によるヒアリングとそこでの質疑の意義は大きく、問題状況はこれによりほぼ正確に把握できた。

 ところが物事には例外がある。私にとって唯一の例外がこのCPSによってもたらされる事象であった。審議会では2度専門家に足を運んで頂き説明を受けたが、アタマの中に雲が浮かぶ体であった。説明者は2度とも同じ方であったが、ご自身もCPSによってどういう事象が生ずるのか実はよく分からないといわれたものの、余り慰めにもならない。

 このような体であっただけに、内閣法制局と条文の詰めの作業を行う事務局には大変な苦労があったことと思うが、成立した改正著作権法をみると、CPSの特質を踏まえつつ立法事実との折り合いを付けるものとなっている。著作物の軽微利用を認めた改正著作権法47条の5第1項1号及び2号と3号の書きぶりの違いは、こうした立法事実を乗り越えての結果であり、読者子にはそこでの政令指定の含意を汲み取って欲しい。

一橋大学名誉教授 弁護士
土肥 一史

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