商標・知財コラム:特許業務法人レガート知財事務所 所長・弁理士 峯 唯夫 先生

事務所離脱後の芸名の使用

タレントは芸能事務所に所属して活動する。その場合、多くは、芸名の使用権は芸能事務所に帰属する旨の契約が締結され、その芸能事務所を離れた場合は、その芸名を使用できないものとされています。例えば、能年玲奈がその名前で活動できなくなり「のん」となりました。
 商標法が、役務をカバーしていない時代は、この契約は「権利」を背景にするものではなかったのですが、商標法が役務をカバーするようになってからは、商標権という強い権利を背景にするものとなった。筆者は、このことが、タレントの芸能事務所への帰属を強め、自由な移籍を阻害するよう陰萎なるのではないかと杞憂していました。
 先日、この杞憂を取りはらう判決が出たとの報道に接しました。

■ 愛内里菜の判決
 この判決は、12月8日のもののようですが、12月12日時点では裁判所ウエブサイトに掲載されていないので、以下の情報はjiji.com(https://www.jiji.com/jc/article?k=2022120800751&g=soc)によります。
 「歌手の愛内里菜さんに対し、芸能事務所ギザアーティストが芸名の使用差し止めを求めた訴訟の判決で、東京地裁の飛沢知行裁判長は8日、許可なく芸名の使用を禁じるなどした契約について「社会的相当性を欠いて公序良俗に反し、無効」と判断し、請求を棄却した。
 判決によると、愛内さんと事務所は1999年、専属契約を結び、事務所は契約書で「著作権など全ての権利は制限なく事務所に帰属する」「芸名を契約終了後も承諾なしに使用してはならない」などとした。愛内さんは活動休止を経て別の芸名で再開したが、2021年に承諾を得ないまま元の芸名で活動すると公表し、事務所が訴えていた。
 飛沢裁判長は判決で「芸名の顧客吸引力は愛内さんの芸能活動の結果生じたにもかかわらず、契約内容は活動を実質制約し、自由な移籍や独立を萎縮させ、愛内さんが被る不利益は大きい」と指摘。その上で「投下資本の回収との目的を考慮しても適切な代替措置もなく、合理的範囲を超えて制約するもので、無効」と結論付けた。
 愛内さんは「胸を張って、愛内里菜として堂々と活動できることを大変うれしく思います。応援してくださる方々あっての愛内里菜です。感謝の思いを込めて活動できるよう精進していきたい」とコメント。事務所側は控訴すると表明した。」

■ 公序良俗違反
 民法90条「公序良俗」に反するか否かは、一般に比較衡量で決まります。この判決は、「投下資本の回収との目的を考慮しても適切な代替措置もなく、合理的範囲を超えて制約するもの」と認定し、愛内里菜がその芸名で活動するこのと利益を大きく評価しています。
 この判断において、商標権の存在が芸能事務所の利益を考慮する上でどのように評価されているのか、判決を読んでいないので分かりません。また、商標権との関係で言えば、契約が無効であるとしても、愛内里菜が、その名称で歌手活動(音楽の提供)を行うことは、商標権侵害になるはずですが、そこをどのように考えたのか分かりません。
 ともあれ、商標権が存在しつつも、愛内里菜の名称での歌手活動が認められたことは、嬉しく思います。

■ 商標権
 愛内里菜の商標権は、以下のものです。
   出願日 : 平成27(2015)年 3月 4日
   登録日 : 平成27(2015)年 8月 14日
   登録番号 : 第5785610号
   第41類  歌唱の上演,演芸の上演,演劇の演出又は上演,音楽の演奏
   権利者:絹株式会社
 拒絶理由を受けることなく登録されています。
 愛内里菜は、本名垣内里佳子。垣内里佳子なる人はいなかったのか、愛内里菜なる「芸名」は著名とは判断されなかったのか。
 もし、芸名「愛内里菜」が著名と判断されて、商標法4条1項8号による許諾が求められ、彼女が認めていたら、判決に影響したのだろうか。権利者である絹株式会社とギザアーティストとの関係も不明ですが。

■ パブリシティ権?
 事務所を離脱したバンドに対して、芸能事務所が名称の使用差し止めを求めた「FEST VAINQUEUR事件」東京高決令和2年7月10日令和元年(ラ)2075号(判例集未登載 https://www.hanketsu.jiii.or.jp/hanketsu/jsp/hatumeisi/hyou/202105hyou.pdf)があります。この判決では、名称の使用を禁止した契約の有効性を認めつつ、パブリシティー権を根拠にタレントの名称使用を認めています。
 「Yは、本件グループ名に関するパブリシティ権は財産権であり、本件契約書の第6条によりYに帰属すると主張する。しかし、……本件グループ名の顧客吸引力は、Xらの本件グループとしての実演活動の結果生じたものであり、需要者が本件グループ名によって想起、識別するのは実演家であるXらであって、そのマネージメントを行うYではないというべきであるから、Yの主張は採用し難い。
 Xらの実演活動がYのマネージメント活動によって支えられてきた側面があり、Yがそのために一定の営業上の努力や経済的負担をしてきたとしても、パブリシティ権は顧客吸引力を有する人物識別情報自体について生じるものであり(一般人が何らの努力なくたまたま有名となった場合であっても、その名称や肖像等についてパブリシティ権が認められる。)、名称等の情報が顧客吸引力を有するに至った理由やその発案者が誰かといった経緯によってその発生が左右されるものではないから、この点は上記……の認定判断に影響を及ぼさない。
 Yの主張する営業上の努力等の保護は、本件契約書の第6条のような条項を設けるなどの方法によって図るべきものであり、その保護の必要性を理由として本件グループ名の永続的利用権をYに認めるのは相当でない。また、仮にYの主張するようにXらが本件専属契約の終了に当たりYに損害を生じさせているとしても、その回復は別途の方法によるべきであり、Xらが本件グループ名を使用することを妨げることを正当化するものではない」
 筆者としては、ここにパブリシティー権を持ち出すことに違和感を感じていますが、事務所離脱後の芸能人の芸名の継続使用に道を開いたものと位置づけることができよう。

 

特許業務法人レガート知財事務所 所長・弁理士
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