商標・知財コラム:特許業務法人レガート知財事務所 所長・弁理士 峯 唯夫 先生

音商標「マツモトキヨシ」

令和3年8月30日判決言渡
令和2年(行ケ)第10126号 審決取消請求事件

■ はじめに
6月のコラムで、特許庁における他人の氏名を含む商標(4条1項8号)の審査が厳格化され、氏名を含む商標の登録が事実上排除されていることを記しました。その後、音商標「マツモトキヨシ」の登録を認める知財高裁の判決が出され、マスコミでも報道された。
今回は、この知財高裁の判決の射程を考えてみます。
なお、文字商標「マツモトキヨシ」は登録第4330343号(商品商標)、登録第5282881号(小売役務商標)などとして登録されています。


■ 審決の概要
本願商標は,「他人の氏名」を含む商標であり,かつ,その他人の承諾を得ているとは認められないものであるから,商標法4条1項8号に該当し,登録することができない,仮に本願商標が原告又はその子会社の商号の略称及び同子会社が経営するドラッグストア,スーパーマーケット及びホームセンターの店舗名を表すものとして一定の著名性があったとしても,かかる事実は本願商標の同号該当性の判断を左右するものではない、というものである。


商願2017-007811

■ 判決の概要
1.8号の解釈
ア)最高裁判例が示す人格的利益を保護するという8号の趣旨に照らせば,音商標を構成する音が,一般に人の氏名を指し示すものとして認識される場合には,当該音商標は,「他人の氏名」を含む商標として,その承諾を得ているものを除き,同号により商標登録を受けることができないと解される。
イ)同号は,出願人の商標登録を受ける利益と他人の氏名,名称等に係る人格的利益の調整を図る趣旨の規定であり,音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても,当該音が一般に人の氏名を指し示すものとして認識されない場合にまで,他人の氏名に係る人格的利益を常に優先させることを規定したものと解することはできない。
ウ)そうすると,音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても,取引の実情に照らし,商標登録出願時において,音商標に接した者が,普通は,音商標を構成する音から人の氏名を連想,想起するものと認められないときは,当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものといえないから,当該音商標は,同号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできないというべきである。

2.事実認定
裁判所は以下の事実(取引の実情)を認定している。
ア)本願商標に関する取引の実情として,「マツモトキヨシ」の表示は,本願商標の出願当時(出願日平成29年1月30日),ドラッグストア「マツモトキヨシ」の店名や株式会社マツモトキヨシ,原告又は原告のグループ会社を示すものとして全国的に著名であったこと,
イ)「マツモトキヨシ」という言語的要素を含む本願商標と同一又は類似の音は,テレビコマーシャル及びドラッグストア「マツモトキヨシ」の各小売店の店舗内において使用された結果,ドラッグストア「マツモトキヨシ」の広告宣伝(CMソングのフレーズ)として広く知られていたこと。

3.あてはめ
前記取引の実情の下においては,本願商標の登録出願当時,本願商標に接した者が,本願商標の構成中の「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音から,通常,容易に連想,想起するのは,ドラッグストアの店名としての「マツモトキヨシ」,企業名としての株式会社マツモトキヨシ,原告又は原告のグループ会社であって,普通は,「マツモトキヨシ」と読まれる「松本清」,「松本潔」,「松本清司」等の人の氏名を連想,想起するものと認められないから,当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものとはいえない。
したがって,本願商標は,商標法4条1項8号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできないというべきである。

4.判決の射程
本件判決は「音商標」を対象として説示で終始し、「マツモトキヨシ」の表示が著名であることだけではなく「CMソングのフレーズ」として広く知られたことを認定し、「「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音」が企業名を連想させ、他人の氏名を認識させるものではないと結論づけている。
そうすると、本件判決の射程は「音商標」に留まることになろう。
とはいうものの、「同号は,出願人の商標登録を受ける利益と他人の氏名,名称等に係る人格的利益の調整を図る趣旨の規定であり」と説示する部分(解釈イ)は「音商標」に限定されていない。そうすると,「商標を構成する文字と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても,取引の実情に照らし,商標登録出願時において,商標に接した者が,普通は,商標を構成する文字から人の氏名を連想,想起するものと認められないときは,当該文字は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものといえないから,当該文字商標は,同号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできないというべきである」(解釈ウから「音」の文字を削除)、という解釈は容易に導かれるであろう。
欧文字の姓と名の間にスペースを設けずに表した商標、著名な人名を表した商標に登録の道を開く端緒になり得るのではないだろうか。

 

特許業務法人レガート知財事務所 所長・弁理士
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