商標・知財コラム:首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士 工藤 莞司 先生

老舗の商号・商標の保護の重要性
=ある地方老舗商店の信用を巡る歴史=

 不正競争防止法上の古い刑事事件の最高裁判例として、「菊屋事件」(最高裁昭和33年(あ)第3424号 昭和35年4月6日 刑集14巻5号525頁)がある。先頃東北へ出掛け、看板を見て思い出した。手許の判例集に登載されていた筈と探すと見付かった(ジュリスト別冊「商標・商号・不正競争判例百選」1967年188頁)。民事事件もあった(ジュリスト別冊158頁、古関敏正編「不正競業法判例集」144頁)。

 事案は、一地方で創業し発展した和菓子店の創業者の死後、営業や商号・商標の承継を巡る同族者間の争いである。民事の商号使用禁止訴訟では、生前贈与された原告側の勝訴となった(福島地裁昭和28年(ワ)第162号 昭和30年2月21日 下級民集6巻2号291頁)が、一方では不正競争防止法上の刑事事件ともなり、最高裁まで争われている。刑事事件判例として、不正競争の目的について、「公序良俗、信義衡平に反する手段によって、他人の営業と同種または類似の行為をなし、その者と営業上の競争をする意図をいう。」との判示が有名で、前掲判例集でも取り上げられ、研究の対象になっている。不正競争防止法刑事事件は、非親告罪であり、それでも最高裁まで争われたもので、今更ながら驚きである。

 この事件判例は、小野昌延「註解不正競争防止法」(昭和36年238頁)でも、いち早く取り上げられ解説されている。小野博士は、眠っていた不正競争防止法をわが国最初の解説書・同書をもって紹介し、同法の権威者で、普及発展にも尽くされた方であるが、昨年ご逝去されたと聞いた。その後、「菊屋事件」判示の不正競争の目的の意義は、サービスマーク登録制度導入の際、重複登録間の調整規定の議論でも、参考にされたと思う。

 現在でも、「菊屋事件」のような事案を巡る裁判例は、散見される。地方和菓子店のような老舗や家元制度下の文化事業等において、カリスマ的創業者の死後承継を巡り、同族者や弟子の間で揉め、不正競争防止法事件や商標権侵害事件へ持ち込まれることがある。しかし、刑事事件までに至ることはなく、「菊屋事件」だけのようである。老舗の信用としては営業と商号・商標は表裏一体であり、その法的保護を求めた先例でもある。

 帰宅後、ネット検索したら、老舗「菊屋」は現在でも、同じ店舗を中心に営業継続されているようで、前掲各裁判例をもって保護された老舗の信用は、現在も維持、発展しているものと思われる。

首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士
工藤 莞司

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工藤 莞司 先生
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