商標・知財コラム:首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士 工藤 莞司 先生

結合商標の類似判断において、二分した知財高裁の結論
=「ゲンコツ」に係る結合商標事案=

 結合商標を巡る類否判断については、商標審査基準や判例等で確立された分離観察や要部観察の基準がある。ところが、一時期、知財高裁は、審決では類似と判断した事案を、分離等を否定し、非類似とする判断が相次いだ。最近、従来基準に戻りつつあると思っていたが、次の二つの裁判例はこれらを象徴するような裁判例である。
いずれも、商標法4条1項11号違反を理由とした無効審判不成立審決に対する取消訴訟で、指定商品第30類「メンチカツを材料として用いたパン、メンチカツ入りのサンドイッチ」等とし、結合商標「ゲンコツ・・・・」に対し「ゲンコツ」を引用商標とした事案である。

〇「ゲンコツメンチ」裁判例
「ゲンコツメンチ」≠「ゲンコツ」その理由は、本件商標中、「メンチ」の語は、挽肉にみじん切りにした玉葱などを加えて小判型などにまとめ、パン粉の衣をつけて油で揚げた料理である「メンチカツ」を表す名詞として、全国の取引者、需要者に、それほど普及しているとはいえない。以上によれば、本件商標において、「ゲンコツ」の部分だけが、取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものとはいえないし、「メンチ」の部分からは、出所識別標識としての称呼、観念が生じないともいえない。したがって、本件商標は、引用商標とは類似しない(平成29年1月24日 知財高裁平成28年(行ケ)第10164号)。

〇「ゲンコツコロッケ」裁判例
「ゲンコツコロッケ」=「ゲンコツ」その理由は 本件商標は、「ゲンコツ」と「コロッケ」を分離して観察することが取引上不自然と思われるほど不可分的に結合しているとはいえない。本件商標のうち「コロッケ」の部分は、指定商品の原材料を意味するものと捉えられ、識別力がかなり低いもので、これに対し、「ゲンコツ」は、「コロッケ」よりも識別力が高く、需要者に対して強く支配的な印象を与える。以上より、本件商標の要部は「ゲンコツ」の部分であると解すべきである。本件商標の要部「ゲンコツ」と引用商標とは、外観において類似し、称呼、観念を共通にする(平成30年3月7日 知財高裁平成29年(行ケ)第10169号)。

解 説 「ゲンコツメンチ」裁判例では、その判決は、本件商標中の「ゲンコツ」も、「メンチ」もいずれも識別力が強くはなく、弱いもので支配的印象を与える部分ではないと認定、判断したもので、その中で、「メンチ」が辞書への登載はあるが「メンチカツ」を意味する名詞としては普及していないとの認定である。
しかし、食品の形状表示としての「ゲンコツ」の登載はない一方で、「メンチ」はメンチカツの略称として広辞苑等に登載され、そして、指定商品は、「メンチカツを材料として用いたパン、・・・メンチカツ入りの調理済み丼物」というのであるから、需要者が目の前の商品に使用された本件商標に接した場合、「メンチ」の部分は当該商品から「メンチカツを材料として用いたもの(品質)」を表すと理解することは少なくないと思われる。「メンチ」の普通名詞としての全国的普及を求めているが、広辞苑等への登載で足りる筈である。その前に、指定商品に本件商標が使用された場合の取引の実際からの認定、判断が優先されるべきである。
 他方、「ゲンコツコロッケ」裁判例では、「ゲンコツ」部分が要部と認定し要部観察をして、引用商標とは類似するとの判断をしたものである。「ゲンコツ」と「コロッケ」とでは、相対的に「ゲンコツ」の部分が、識別力が高いとした点、及び要部の用語を使用し観察して類似の結論を導いたことは、審査基準や従来の審判決例に即して、評価できる。「ゲンコツメンチ事件」に比較して、理由及び判断過程が明解で正当である。
 前者は、「SEIKO EYE事件」(平成5年9月10日 最判平成3年(行ツ)第103号 民集47巻7号5009頁)や「つつみのおひなっこや事件」(平成20年9月8日 最判平成19年(行ヒ)第223号 裁判集民事228号561頁)判例を意識し過ぎて、指定商品への使用という商標の基本的観察、判断を見逃しているのではなかろうか。

首都大学東京 法科大学院 元教授 元弁理士
工藤 莞司

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